「レズAV」に「現実」を求めることの不毛さ〜牧村朝子『百合のリアル』(4)

なお「レズAV」のSEXが現実のレズビアンのSEXと違うという紋切り型の批判もなされているが(p.155-156)、例によって具体的にどこが違うのかという説明がない。

登場人物の台詞に「AVって、男女ものでも現実と全然違うことがほとんどじゃん」という指摘がある。たしかに「男女もの」のAVが《現実と全然違う》ことは異性愛者の目から見ても事実だ。具体的には、性交の最中に男性があれほど速く腰を動かすことはない。速すぎるピストンではペニスで快感を味わう余裕がないばかりか、相手の女性は元より当の男性にとっても負担が大きすぎる。

そこをいくと「レズAV」に関しては、たしかに“演技”として感応を誇張することもあろうけれど、少なくとも「男女もの」に見受けられるような身体的に“無理のある”動きがなされることはない。そもSEXのパターンが無限に存在するわけではない。同書では女同士の体位を101通りも掲載している洋書を紹介しているが、奇を衒ってみるのはいいとしても、その中で本当に気持ちいいと感じられるテクニックは限られているはずだ。

すなわち「レズAV」が《現実と全然違う》というのは、換言すればあらゆる現実のレズビアンのSEXのパターンがそこに網羅されていないということに尽きるようだ。しかし元よりフィクション/ノンフィクションを問わず創作物は世界のすべてではなく、その断片を作家の主観に基づいて切り取ったものにすぎないことは自明である。

むしろ特定の表現を「現実」ではないと決めつけてしまうことこそ、現実のレズビアンのSEXを「正しいレズビアンのSEX」という型にはめてしまうことに繋がりはしないだろうか。

ちなみに私が「レズAV」を観ていて気になるのは、女優の手の爪が伸びすぎているということである。だが、なぜかレズビアン当事者からその指摘がなされているのを見たことがない。

(続く)