セクシズムを行使するのは「被差別者」ではなく【森奈津子】である

(2014年6月1日 加筆修正)

先日、「ホモ人狼」ゲームの販売中止を求めるウェブ署名に参加するため、ツイッターにログインしたところ、フォロワーさん経由で森奈津子による次のツイートを目にした。

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469267119104737280
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
そういうことは、同性の性器を舐めたことがある女性からのご意見でしたら拝聴しますが、あなたはどうなのですか? 私はまんこ舐めるの大好きですが。RT @AM_Snow_Leopard: でもあなた『スーパー乙女大戦』でレズビアン差別を肯定してますよね。

初めにお断りしておくと、私は当該の小説を読んでいない。というか、森の小説はギャグにしてもエロにしてもセンスが古臭くて読むに堪えないというのが本音である。キャリアが無駄に長い割にはヒット作にも恵まれず、作品が映画やアニメといった他の媒体で展開することもなく、たんに「バイセクシュアル女性のポルノ作家」という立ち位置が文壇のごく一部でキワモノ的にもてはやされているにすぎない“詰んでいる”作家という認識だ。

しかし、そうした文脈を越えて、上掲した森の発言には看過しえない問題が三つある。

(1)自身の作品が内包する《レズビアン差別》の表現について批判されているにも関わらず、批判者の側の「性経験」の有無に論点をすり替えている点。

(2)そして「性経験」の有無に基づいて発言のプライオリティを一方的に判定している点。

(3)さらには《同性の性器を舐めたことがある》か否かという“性愛至上主義”的基準で《レズビアン差別》における当事者性を規定することにより「レズビアン」および「バイセクシュアル女性」の中にも序列と分断をもたらしている点。

これらは論理の飛躍であるばかりか、明確なセクシズムに依拠する人格攻撃に他ならない。自身の表現が《レズビアン差別》に当たらないというのなら、批判者に具体的な説明を求めた上で論駁すればいいだけの話である。

森はかねてからフェミニストを自称し、ことあるごとにセクシズムを批判することでセクシストから誹謗中傷を受けている(もっとも、人工知能学会機関誌の性差別的な表紙イラストについて、教条主義的な表現規制反対論を振りかざして擁護するなど、そのフェミニズム理解はきわめて特殊なものと言わざるをえない)。

だが《まんこ舐める》などといった卑猥かつ露悪的な言辞を唐突に投げつけることで相手を威嚇・挑発する態度こそ、セクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)の典型である。というか、常識的に考えて見ず知らずの他者からプライベートな「性経験」について詮索される筋合いなどないはずだ。

加えてそこには「性経験」のない者は人間として未熟であり、その意見も傾聴に値しないという言外の抑圧が含まれている。それはまさしく《女性差別》を批判する男性を「童貞」「チンポ騎士団」などと揶揄・冷笑し、その人格までも否定し尽くすセクシストの精神性そのものだ。

そこで私は次のような批判を試みた。以下、森との議論を転載する。

https://twitter.com/herfinalchapter/status/469273548171649024
百合魔王オッシー ‏@herfinalchapter
.@MORI_Natsuko あなたの理屈だと【同性の性器を舐めたことがないレズビアン】も《レズビアン差別》を批判する資格がないということになりますね。@AM_Snow_Leopard

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469274744601067520
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
それ以前に、私がレズビアン差別をしているという前提がおかしいという話なのだが、全然わかってないよね……。RT @herfinalchapter: あなたの理屈だと【同性の性器を舐めたことがないレズビアン】も《レズビアン差別》を批判する資格がないということになりますね。

https://twitter.com/herfinalchapter/status/469274895403085824
百合魔王オッシー ‏@herfinalchapter
.@MORI_Natsuko レズビアンであろうとバイセクシュアルであろうと《レズビアン差別》に加担することは可能ですよ。「異性愛者」だけがレズビアンを差別するという発想は、当事者性を絶対視していますし、「異性愛者」が《レズビアン差別》を批判することも無効化されてしまいますね。

https://twitter.com/herfinalchapter/status/469275507817578496
百合魔王オッシー ‏@herfinalchapter
.@MORI_Natsuko いえ、自分がレズビアンないしバイセクシュアルの当事者であるから《レズビアン差別》に加担することはありえないという「前提」こそが“おかしい”のですよ。

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469276155602665472
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
すごい屁理屈。こうやって、差別されてる当事者を差別主義者に仕立てあげるのか……。 RT @herfinalchapter: レズビアンであろうとバイセクシュアルであろうと《レズビアン差別》に加担することは可能ですよ。「異性愛者」だけがレズビアンを差別するという発想は、//

https://twitter.com/herfinalchapter/status/469277007725883392
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
組織の末端ではありながらも、80年代からゲイリブ運動に関わってきた私に、なに言ってるだ?w RT @herfinalchapter: 「差別されてる当事者」が「差別主義者」であるとは言っていません。しかし「差別されてる当事者」が「差別主義者」であることは両立します。

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469272802759942145
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
私はまんこ舐めつつ同性愛者差別してるのか?w RT @AM_Snow_Leopard: 「同性の性器を舐めたことがある女」でなければレズビアン差別表現に抗議してはならないというのなら、全く同じ理由で男が女性差別問題を「他人事」扱いすることも認めるべきだという帰結になりますよね?

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469276722169253888
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
@real_chris4 @AM_Snow_Leopard 作品批判するのに、当事者である作者を差別主義者にしようとするから、論理がおかしくなってるんですよね。>劉紫@クトゥルー3様

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469277868195725312
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
なんだかんだ言って、この方、私のミソジニー批判に反感覚えて、リプして、引っ込みつかなくなって迷走してるんだよね……。RT @AM_Snow_Leopard: //ヘイトスピーチ以外の何物でもない。仮にそれを肯定するレズビアンがいるのなら、そんなのは「肉屋を支持する屠殺場の家畜」。

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469280197888335873
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
「《同性の性器を舐めたことのない女》を弾圧する輩」ワロス。秀逸な表現なので、RTで全世界に晒します。w RT @AM_Snow_Leopard:《同性の性器を舐めたことのない女》を弾圧する輩が反ミソジミーを掲げるなんて、黒人差別に反対しながら在日朝鮮人を弾圧するようなものだね。

https://twitter.com/MORI_Natsuko/status/469273278347878400
森奈津子 ‏@MORI_Natsuko
フォロワーさん増えて、リツイートしていただく数も多くなってきたおかげか、数ヶ月に一度、「私は異性愛者じゃないっつーの!」と叫びたくなる批判リプが来るなぁ。みんな、よく知らない他人を叩くときには、相手のことを少しは調べようねっ。恥をかくのは自分ですよ!w

ここで森は、私たちが森を「異性愛者」と誤認した上でその“非当事者性”を槍玉に挙げているかのように決めつけているが、上述のとおり私も@Am_Snow_Leopardも、森がバイセクシュアル女性であるという前提を踏まえた上で、そのセクシズム行為を批判している。ついでに言えば@Am_Snow_LeopardはXジェンダーの当事者である。

森がこのような見当違いの錯覚に陥ってしまうのは、ようするにレズビアン差別》は「異性愛者」が行うことであり、「バイセクシュアル」である自分が行う表現は《レズビアン差別》になりえないという二項対立的世界観に囚われているためだ。

その上で森は自己を〈被差別者〉の立ち位置に規定・固定する一方、自分に不都合な批判をする者を〈加差別者〉に“仕立てあげ”て、その告発を無効化する。あまつさえ「ゲイリブ団体」を自己のセクシズム行為の免罪符として都合良く利用するのである。

こうした森の「差別」という現象に対する、単純を通り越して粗雑で幼稚きわまりない認識は、それこそ本業でのギャグやエロのセンスと同じく「80年代」から一向にアップデートされていない印象を受ける。

近年の差別研究においては社会的に〈マイノリティ〉と位置づけられる人々の内部の権力構造についても問題視されている。そも「ゲイリブ団体」こそが、ゲイ男性を中心に運営される一方でレズビアン(ゲイ女性)やバイセクシュアル、トランスジェンダー、さらにはXジェンダーアセクシュアルなどの存在を周縁化し、その反動として「クィア理論」が台頭するに至ったという歴史的経緯がある(もっとも私自身はクィア理論に否定的なスタンスであるが、それについては別の機会に譲る)。

早い話が、人は誰しもが〈マジョリティ〉の面と〈マイノリティ〉の面を併せ持つのであり、状況に応じて〈加差別者〉にも〈被差別者〉にもなりうるということだ。自分が〈マイノリティ〉であれば他の〈マイノリティ〉を迫害しても「差別」にならないなどということにもならない。「同じマイノリティ」は存在しないからである。

【同性の性器を舐めたことがある女性】は統一された思想をもつ集団ではないのだから、現実にはレズビアンであっても《レズビアン差別》を正当化するイデオロギーを無自覚のうちに追認してしまったり、あるいはその存在が政治的に利用されてしまうケースが後を絶たない。

ましてバイセクシュアルであるなら《同性を愛すること》においては当事者性を主張することができても《異性を愛さないこと》においては非当事者である。この意味においても当事者性を絶対化・特権化する森のレトリックは破綻を来すことになる。またそれに倣えばXジェンダーである@Am_Snow_Leopardが「ミソジニー」を行使することもありえないという帰結になるのだから《私のミソジニー批判に反感覚えて、リプして、引っ込みつかなくなって迷走してる》という森の“ゲスの勘繰り”を自ら撤回せざるをえなくなる(そもそもが批判者を悪魔化する藁人形論法にすぎないのだが)。

「男性経験」のないレズビアンは、「男性経験」を有するレズビアンないしバイセクシュアル女性と異なり、「男性経験」のなさを理由に女性として未成熟であると決めつけられたり、あげく望まない男性との交際や性行為を強要されやすい傾向にある。

そこへきて、自分の気に食わない他者を恫喝する手段として「性」を政治的に利用する森の振る舞いは、レズビアンフェミニストに沈黙を強いてきたセクシズムの手口を踏襲することで、それを女性の立場から裏打ちする行為だ。

元より森が“RTで全世界に晒し”た@Am_Snow_Leopard「《同性の性器を舐めたことのない女》を弾圧する輩」なる“表現”も、《同性の性器を舐めたことがある女性》という森自身の言辞をそのまま切り返しているにすぎず、それが滑稽に映るのだとしたら森の元発言自体が滑稽だということである。

換言すれば「女性」ないし「バイセクシュアル」であることは〈被差別者〉の立ち位置に“安住”できることを意味しない。とくにエスニシティとは異なりセクシュアリティは“自己申告”によって規定される事柄であるから〈加差別者/被差別者〉〈マジョリティ/マイノリティ〉といった特定の社会的・外在的立場に固定することはなおさら不可能だ。あるいは、特定の属性に「被差別者」「弱者」といったネガティブなスティグマを植え付けることにより「差別」の構造は常態的に維持・温存され、その解消が阻まれる事態を生む。

そも人間性の位相にすぎない性的指向をもって「人間」を〈加差別者/被差別者〉に分類すること自体に無理がある。一口に「バイセクシュアル」と括ったところで、たとえば男性のバイセクシュアルと女性のバイセクシュアル、健常者のバイセクシュアルと障害者のバイセクシュアルとでは、当然、力関係の格差が生じる。《組織の末端ではありながらも、80年代からゲイリブ運動に関わってきた》と“豪語”する森には、こうした複合差別の問題(「人間」の属性が単一ではなく複合的に形成されるということ)が理解できないのである。

元より、これは森がバイセクシュアルとして差別を受けてきた事実を否認することではない。しかし自らを〈被差別者〉として規定し、差別を受けることをアイデンティファイするのであれば、〈被差別者〉が自らのアイデンティティを維持するために差別を必要とするという倒錯した状況に陥る。またそのようにして〈被差別者〉の立場性をアイデンティファイする人々は“差別を必要とする”という点で同時に〈加差別者〉でもある。

すなわち「女性」であろうと「バイセクシュアル」であろうとセクシズムを行使すれば誰しもがセクシストであり〈加差別者〉の座に“成り上がる”ことができる。そうした間口の広さゆえに〈加差別者〉は常に〈マジョリティ〉となりうるのだ。

とはいえ、誤解されてはならないが〈マジョリティ〉であるがゆえに〈加差別者〉になる、ということではない。また〈男/女〉ないし〈異性愛者/同性愛者/両性愛者〉といった《性別》が「性差別」に利用されることはあろうと、それらの《性別》自体が人を“差別する”という事態も起こりえない。

「女性」も「バイセクシュアル」も「レズビアン」も、それらは「性」のありよう(セクシュアリティ)を示す概念であり、概念そのものに自我はない。たとえば「レズビアン」を自認する女性が、男性と自発的・主体的にSEXを行ったとしても、それはあくまで【男性と自発的・主体的にSEXを行う女性】の事柄であり、「レズビアン」という概念の定義をめぐる議論とはいっさい無関係である。

同様に、森がセクシズムを行使するのは森自身の問題であり「女性」ないし「バイセクシュアル」の問題ではない。ましてや森に「女性」「バイセクシュアル」「フェミニスト」「ゲイリブ団体」そして「被差別者」を代表する資格はない。