「関西クィア映画祭2014」への公開質問状(3) 追記

(2014年10月18日 『公開質問状(3)』の質問項目以外の部分を加筆修正したので、別個のエントリーとしてまとめることにしました)

レズビアンを名乗る人々に対して批判をする意図がない」にも関わらず、問題の差別的な宣言文について《十分な時間をかけて議論され》《批判的な意見以前に、意見は全て検討された》上で、なおもあのような《レズビアン差別》を煽動・助長する「ヘイトスピーチ」を見過ごしてしまったということは、どのように言い繕おうとも、あなたたちに「レズビアン」に対する無自覚の差別意識と偏見があるということです。

そのような「意図」はなかった、とおっしゃるのは、まさに差別主義者の典型的な“言い訳にならない言い訳”でしかないことを認識してください。

ちなみに。今回、貴団体に対する抗議活動を展開するにあたって、関西のゲイリブ関係者にも相談しましたが、そこで得られた回答は「あの人たち(貴団体)に今残っているのは******氏に心酔する信者ばかりで、都合の悪い意見を述べる者に対しては集団で攻撃してくる。おまけに学者が後ろ盾になっているので、異論を唱える者を無知と決めつけて聞く耳すらもたない。疲弊するだけなので、対話を試みるのは時間の無駄である」とのことでした。

(もっとも「関西クィア映画祭」という一団体がゲイリブ関係者に対して示威行為を行っているというより、そのような示威行為を行う先鋭的・急進的なクィア主義者が「関西クィア映画祭」の中枢を担っているというニュアンスでした)

宣言文の中には《さらに、どこでも起こりがちな「少数派の中の少数派」をつくること。それに対する無関心、差別、抑圧は、私たちの間でも珍しくありません。本当に多様性と向き合い、それを手に入れるのはとても「タイヘン」なのです。》とありますが、

実際は、あなたたちこそがまさに「少数派の中の多数派」として、レズビアンを始めとする他の「少数派」に対して沈黙を強いているのです。

ただ、******氏に対する評価は別として、少なくともあなた(斬さん)に関しては、そうした先鋭的な“信者”ではないとお見受けしますし、こちらの不躾な物言いにも関わらず、誠実に対応してくださっている印象を受けます。

ただ、やはり《レズビアン差別》を他人事として捉えているかのような物言いが気になります。

「セクマイ」「LGBT」「クィア」などと一口に言いましても、それぞれの属性によって、置かれている社会的・政治的状況は様々です。「レズビアン」には「レズビアン」の、「バイセクシュアル」には「バイセクシュアル」の、それぞれに直面している問題がありますから《人は皆バイセクシュアル》《愛に性別は関係ない》《「性別」ではなく「人間」を愛するのだ》などと片づけて済む問題ではありません。

あるいは、属性の「枠」から離れた「個」の問題として捉えたところで、レズビアン差別》が〈社会〉の問題から切り離され、〈個人〉の問題に矮小化される事態に繋がります。

性別を“前提としない”セクシュアリティを有する人々に対する社会的保障が必要であることは論を俟ちません。しかしクィア理論およびクィア運動は、その「目的」を実現するにあたっての「手段」の一つにすぎず、それが唯一絶対の「手段」ではありませんし、また「目的」があらゆる「手段」を正当化することはありません。

まして《性別を“前提としない”セクシュアリティ》を選択したからといって、《性別を“前提とする”セクシュアリティ》をもつ人々を、《性別》に“とらわれている”などとして、あなたたちよりも「劣った存在」と決めつけ、“差蔑”していいということには、まったくなりません。

なお、当方とのやりとりを紙面にて公開なさるということですが、ぜひとも貴サイト上にも掲載していただきたく存じます。

加えて、できましたら当ブログの記事『「関西クィア映画祭2014」シンパからの反応(※問題の差別的な宣言文への支持を表明した@lolonzlol氏との議論)』も、宣言文の差別性を浮き彫りにするための「実例」としてじつに有意義であるため、併せて公開・掲載してくださることをお勧めいたします(ただし氏のアカウント名は伏せたほうがよろしいかもしれません)。

『「関西クィア映画祭2014」シンパからの反応』
http://d.hatena.ne.jp/herfinalchapter/20141015/p2

せっかくのお誘いをいただきましたが、あいにく当方は関東住まいである上、この度の告発によって******氏から嫌がらせやストーキングをされる可能性が高いため、お伺いすることができません。あしからず。

オッシー